こんにちは、内山です。

あの大きな地震から7年が経ちましたね。
7年前私は大学受験で仙台駅にいました。(マカロンを物色していたので出口の近くにおりました)
運よく仙台市役所に避難できて、運よく福島まで運転してくれるタクシーを拾え、運よく父と電話がつながり、運よく自身前日に給油していた車で迎えに来てもらい、父が仕入れ先で手に入れてきた果物、備蓄してあった缶詰等、へーベルハウスの営業のお兄さんがたまたま地震前においていってくれた保存水、祖母宅の畑の野菜で特に大きな怪我や飢えなどもなく済みました。
でもこれってたまたま運が良かっただけで、どこかがかけていたら帰ってこれなかったり、栄養不足で入院していたかもしれないんですよね・・・
食料品の備蓄も建物の耐震も大事だなと改めて思うようにしようと思います・・・